スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

生徒と弟子の違い

 中国武術伝統文化のなかに 「拝師」 というものがあります。「師と仰ぐ」 という意味ですが少し意味が違います。簡単に訳すと老師にある程度実力を認められ 「俺の名前を出しても恥ずかしくないだろう」 
と判断された時、正式に弟子入りが認められる、また推薦する先生を紹介して頂く制度のことです。入室弟子という立場で、老師を師父と呼び、生徒は弟子と呼ばれます。しかも他薦(推薦者が必要)です。正式な儀式は決まり文句や作法があり終了後、証書を頂けます。私はまだかけだしなので弟子ではなく生徒です。先生を呼ぶときも老師と呼びます。師父とは呼ばせてくれません。しかし知らない人に1から説明するのは面倒なので日本人に話をする時は便宜上 “弟子入り” という言葉を使います。

118.png

 最近ではあまり気にしていない・理解していない先生方や生徒がとても多いですので、前者の場合あまり深く追求する必要は無いような気がします。日本から中国に武術を学びに来る生徒は他国に比べて比較的多いと思いますが、有名な先生を訪ね数日で 「拝師」 し、また 「入室弟子」 と名乗る方も少なくないようです。中国では意外とこの 「拝師」 を重要視している老師・生徒もいますので、長く鍛錬している中国人の生徒達からあまりよく思われていないという摩擦も生じている様です。
 
 しかし日本から中国を訪ねる場合、時間の制約が生じることは否めませんので、短い滞在でも真剣に鍛練し、日本に持ち帰り生徒や仲間たちに伝えることは、責任感・行動力・探究心・熱意が要求されるとても意義のあることですし “自分で鍛練する” 事と “指導する” 事は基本的に違う能力が要求される様な気がします。また、中国で鍛練していると 

   「私の師父は、OO老師とOO老師とOO老師とOO老師だ、教えてやろうか?」

 と有名な老師達の名前を挙げ、自慢気な顔をして話しかけてくる人が多いですが、99、6%の確率で3日ほどの定期出張指導クラスに参加して練習しただけですので、基本的にこのような方の本当の先生はVCDと本です。いわゆる理論・屁理屈マニアですので相手にしない方がいいです。

 「幾人も師父がいる」 というのは本当に鍛練している人に対しては非常に中途半端な印象を与えます。あなたが指導者だとして、もし弟子が何人もの先生から習っていることを知ったらどう感じますか?指導を続けるとしても、自分自身が食苦流汗の末、身に付けた物を真剣に伝えますか?もちろんいろんな老師達の套路・推手・技を研究することは良いことだと思いますが、

   「私はOO老師の下で鍛練しています。あなたの拳も研究したいので教えて下さい」

 といっても本当に教えて頂ける可能性は低いでしょう。
(これも尊敬の念を示したそれなりの指導料や熱意次第です)

テーマ : 中国
ジャンル : 海外情報

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリメニュー
最新コメント
プロフィール

KOJI

Author:KOJI
アジア旅行・留学・出張・駐在での体験ログです

お役立ちサイト
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。